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2007年10月 アーカイブ

2007年10月30日

■ミッション119号

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【Contents】

カンボジアからの手紙・・・重富浩子

◆東ティモールからの手紙・・・佐藤邦子

◆タイからの手紙・・・日笠山万希子

カンボジア・屋台プロジェクト&水浄化プロジェクト始動 ご報告

カンボジアからの手紙

119_sh.jpg2006年にカンボジアに派遣され、シェムリアップ郊外にある子ども達の施設「クナ・トメイセンター」で活動中の重富浩子さんが、ある少女との出会いとつながりを分かち合います。

重富 浩子(大阪教区 玉造教会)


<ポーラーとの出会い>

 活動地であるクナ・トメイセンターに行くにはいくつかの道があり、その日の道の状態と私の気分で道を選びます。

 9月の初め、センターからの帰り道、その日は赤い道と呼ばれている赤土の道を通りました。少し前に、この道沿いにクナ・トメイでは珍しい、葉で作った貧しい家が4軒並んでいることに気づき、気になっていました。“ここの子ども達はセンターの存在を知らないかもしれない”と思い、家に行ってみました。結局、知っているということで、帰ろうとしていると、葉でできた家の裏に住んでいる教会の信者の女性“マイ”がバイクで家に帰ってきました。バイクの後には女の子と女の子のおばあさんと思われる女性が乗っていました。どこに行っていたのか聞くと、病院とのことでした。事情を尋ると、バイクの後に乗っていた女の子“ポーラー”のお父さんが病気で州病院に入院したので、一緒に面会に連れて行ってきたとのことでした。“ポーラー”は時々センターにおかゆを食べに来ている子でした。

<シェムリアップ州病院>

 ポーラーは私の関わっているクナ・トメイの子どもなので、私はマイにお見舞いに連れて行って欲しいとお願いしました。州病院は、毎週青年たちと病院訪問しているところなので足を運んだことはありましたが、お見舞いに行き、実情を知ると、腹立たしさで一杯になりました。

 ポーラーの家はかなり貧しくて、お父さんはもう3ヶ月も家で横になり痛みに耐えていたそうです。もう耐えられなくなり近所の人にバイクで州病院に連れて行ってもらったそうです。 しかしカンボジアの病院は、お金を支払えない患者の治療はしません。だから、ポーラーのお父さんも病院で何もしてもらえず、ただ病院のベッドで横になっていました。薬も点滴も何もありませんでした。3ヶ月痛みに耐えていたお父さんはガリガリに痩せ、奥さんがむくんだ足を優しくそして悲しそうに撫でていました。

 診察の結果、手術が必要で費用は$75だそうです。ポーラーの家族にはそんなお金は出せないということで、私達は頭を痛めていました。$75といえば、私にとっては決して高い金額ではありません。「私が出します」と言うことは簡単なことだったのですが、ぐっとこらえ、教会に戻りました。マイは教会のカテキスタに相談しましたが答えが出ず、私はシスターに事情を話しました。すると、なんと州病院の中に治療費を出せない家族の援助をするNGOがあるというではありませんか!私はマイに伝え、すぐに病院に行き、そのNGOを探しました。なんと、州病院の中にあると聞いていたのに、誰に聞いても知らないのです!やっと知っているという人が見つかり場所を教えてもらいました。シスターの言ったとおり、貧しい家庭の場合、治療費を全額援助してくれるということでした。マイと私は嬉しくて嬉しくて2人とも涙ぐみながら、「神様が助けてくれたんだね!」と急いでポーラーのお父さんの病室に行き、報告しました。するとなんと、この病院では手術はできないからプノンペンの病院に行くようにドクターに言われたと・・・。私たちは驚いて、ドクターに事情を聞きに行きました。事情を説明している間、ドクターは私達の目を一切見ず一体誰と話しているのだろう?と思うほどでした。

 せっかく希望の光が見えたと思ったのに、また振り出しに戻ってしまいました。私達はまた教会に戻り、カテキスタに報告し、カテキスタのトンがプノンペンの教会関係者に連絡をとってくれ、プノンペンに行けることになりました。プノンペンにはイタリアのレイミッショナリーが病人のための施設を作っていて、お父さんはそこに滞在し、病院に通うことになりました。
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!!屋台プロジェクト&水浄化プロジェクト始動!!

屋台プロジェクト

 カンボジアの首都プノンペン郊外、ステンミエンチェイ地区ゴミ集積場の一角から、ピカピカの屋台が動き出しました。

119_04.jpg 2010年のゴミ山閉鎖の計画に伴い、唯一の収入源を失う人々が、閉鎖後も生計を立てていけるよう、お菓子生産のトレーニングと屋台の貸し出しをおこなう「屋台プロジェクト」が企画され、住民の女性グループを中心に準備してきました。

 9月5日午前9時、「屋台プロジェクト」のオープニング式典がスタート。地域の僧侶とカトリック司祭によって、できたばかりの新品屋台が祝福され、トレーニングを受けた8名の男女が、アジア版クレープ「ロッティ」を焼き始めます。50名近くの招待客と住民が集まり、屋台スタッフの焼き上げたできたてのロッティに、「美味しい!」の声が沸き起こりました。

 屋台のブランド名は「プチュアップ・クデイサンクム」。クメール語で「希望がつながる」という意味です。屋台が希望のシンボルとして街に繰り出し、人々の出会いとつながりの中で希望をつなげていく、そんな思いを込めました。

 現在7台の屋台が稼動中。小学校や縫製工場の前で、1日30から40枚のロッティが売れています。近日中にプノンペン市内にも進出予定です。お菓子商品開発には、今年7月に実施された「ニコラバレ・グループ 体験ボランティア」のボランティアさんが2週間滞在し、技術的な指導やアドバイスを受けました。

 目標は屋台100台。最初の20台は「フェリシモ地球村の基金」の助成を受け、徐々にその数を増やしています。

水浄化プロジェクト

 カンボジア・トンレサップ湖上の村コンポンルアンで、水上集落で初めてともいわれる試みが始まりました。生活のための洗濯・食器洗い・トイレなどの排水が垂れ流され汚染された湖の水をろ過して、飲める水にし、老人や乳幼児を抱える家庭を対象に安価で提供するプロジェクトです。

 浄水装置は、貯水タンクやろ過装置などを船上やぐらに設置しました。全ての工事が7月末に終了。首都プノンペンにおける水質調査、浄水装置の管理と利用について住民のミーティングと管理者の選出などを経て、9月3日に販売を開始しました。噂を聞きつけた住民が自分の小船でやってきて購入し、利用しています。この水は相場の4分の1の価格、500リエル(15円)で販売しています。売り上げは、ろ過装置のフィルターの洗浄などメンテナンスや管理者の手当てに充当し、持続可能な水の供給を行います。

 このプロジェクトは安全な飲料水を住民に提供するだけでなく、2002年から実施している水上教会の水浴びプログラムにも利用され、住民特に子どもの衛生教育にも役立っています。今回の設置は、「公益信託 今井記念海外協力基金」と「日本カトリック海外宣教者を支援する会」の助成と日本の支援者の方々の援助を受け実現しました。

119_05.jpg 安全な水へのアクセスが、コンポンルアン水上村の住民の健康・衛生につながり、未来を変えていくための呼び水となることを願っています。

2007年10月 7日

訃報 石川裕之神父ご帰天

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 横浜教区司祭でブラジルに派遣されていた石川裕之神父が、帰天されました。石川神父は4月から日本に一時帰国中で、6月23日に日本を発ち、ニューヨーク経由でブラジルに戻られる途中、7月1日ニューヨークにて、肺炎で亡くなられました。石川神父は、JLMMの派遣者(フィリピン)OBでもあり、その後も運営委員として、また研修では、講師、週末の教会活動の受け入れなど、個人としても、JLMMと深く関わってくださいました。

 石川神父様のご冥福をお祈りし、謹んでお知らせ申し上げます。

カンボジアからの手紙

2005年にカンボジアに派遣された高橋真也さんが、1年半ぶりに日本に一時帰国しました。今回は日本に帰省していた間の体験について、お伝えしたいと思います。

高橋 真也(山形教区 米沢教会)07_masaya.jpg


☆ 高校生にお話しさせて頂いて

 一時帰国の際、私は何ヶ所かで、カンボジアでの活動についてお話しさせて頂きました。偉い人としてタメになる話しをするのだと意気込むのではなく、現地の人から学んだ体験を伝えるメッセンジャーなのだと自覚し、話すように心がけました。でも「緊張しい」の自分は、人の前に立つとガチガチになってしまい、果たして現地の人から得た「実り」をどれだけ分かち合うことが出来たのでしょうか…。反省したらキリがありませんが、とにかくいろんな所でお話しをさせて頂いたのは良い経験になりました。

 そんな各地での体験報告の中のひとつに、仙台の「聖ウルスラ学院英智高等学校」があります。

 この学校では、JLMMパラオ派遣OGである吉井恭子さんが教員として働いていらっしゃいます。彼女の協力によって、彼女が担当する宗教科の授業2コマで体験の分かち合いをさせて頂くことが出来ました。ワクワクして望んだ授業でしたが、案の定緊張してしまい、私が思い描いていた理想の授業(金八先生の授業)とはかけ離れたものになってしまいましたが、生徒の皆さんは耳を傾けて聞いて下さっていたようでした。

 話を進めていく中で、生徒の皆さんのリアクションがイマイチないなあと感じました。どうも手ごたえがない。やはり私の力量不足で、伝えたいことの本質が伝わっていないだろうか?と、不安になりました。

 でも、授業が終わってから吉井さんがおっしゃるには、「水上村の生活が、あまりにみんなが体験している現実とかけ離れていて、ショックを受けている子が多かった」とのことでした。下を向いていた子も、そんなショックがあったからだと。その時は、「本当かなあ。退屈で眠たかっただけだったのでは?」と思ったのですが、授業の終わりに書いてもらった感想文を見ると、優等生的な答えではない感想、ショックを素直に書いてくれている感想などなど、なるほどみんなちゃんと聞いてくれていたのだな、と分かりました。「水上生活は少し楽しそうだなと思いました」なんていう感想もありました。「『かわいそう』と思ってはいけないかもしれないけど、かわいそうでした」という感想もありました。どちらも素直な感想で、私はうれしくなりました。

 私はこの仙台の学校で、ちょっと恥ずかしいけれど、伝えておきたかったことがありました。それは、この仙台に東北大学の試験を受けに来て、『落ちた』ということです。なぜJLMMに入ったのかという話の中で、その話をさせて頂きました。私は仙台での受験に失敗したからこそ、新潟の大学に入り、新潟での様々な人との大切な出会いを経て、JLMMという道に導かれました。人生に「もしも」はないのかも知れませんが、きっと私は新潟に行っていなければ、カンボジアには来ていなかったと思います。

 東北大の受験の初日、あまりにも問題が解けなくて、私は落ちたことを確信しました。その夜、「もうだめだ」という絶望の中で、見知らぬ仙台のホテルの狭い一室に宿泊していた私は、本気で「今なら死ねる」と感じました。決して大げさでなく、本気で自殺する人の気持ちがその時分かったのです。

 そんな体験があった私は、きっと大学受験が全てだと感じているであろう、この目の前の生徒達に、「大学受験が人生の全てではない」という、当たり前なのですが、今の高校生には決して当たり前と感じられない事実を伝えておきたかったのです。私の今の道が正解だと言いたいわけではなく、自分の感じる失敗、挫折は、後にどう転ぶか分からないから、そんなに心配することはないよと、それを伝えたいと思ったのです。『学歴が人生の全てではない』、そんなことが考えられないほど、きっと今の学生達は追い詰められているのだと思います。

 そんな私自身の体験を含め、水上村のみんなの生活の様子、私が学んだ体験を、ミッションスクールであっても、大多数がキリスト教徒ではない人たちに対して話しをする機会を頂けたことは、私にとっても貴重な体験となりました(『教会の中』だけで完結してしまう言語では意味がありませんから…)。茶髪にピアスで、肌が黒い変なお兄ちゃんの45分の話の中で、私からではなく、貧しくされた人たちから学ぶことの大切さを感じてくれたのなら、とても光栄に思います。

天が地を高く超えているように、

わたしの思いはあなたたちの思いを、高く超えている。

雨も雪も、ひとたび天から降れば、

むなしく天に戻ることはない。

そのように、わたしの口から出るわたしの言葉も、

むなしくはわたしのもとに戻らない。

それはわたしの望むことを成し遂げ、

私が与えた使命を必ず果たす。

(イザヤ55章 9〜11節)

☆ CAMBODIA DAYに参加して

 6月23日の午後、六本木にあるフランシスカン・チャペルセンターをお借りして、カンボジアをスタディツアーで訪れたことのある人などを主な対象に、カンボジアにまだ訪れたことがなくても興味のある方も参加した『カンボジアデイ』なるイベントがありました。JLMM企画のこのイベント当日は、90名もの方が参加しました。一時帰国中の杉村太郎さん(カンボジア、プノンペンのゴミ集積場にある識字教室で活動する先輩です)と私が、カンボジアでの最新活動状況を報告させて頂き、水上村で活動していたJLMMのOGである平西紀さんや鎌田頼子さんなどもお話をして下さいました。カンボジアのスタディーツアーでの体験を思い起こさせる映像の上映や、ツアーに参加した時の感想文の発表などがあり、最後は小グループに分かれての分かち合いが行われました。

 このイベントの主役は、参加された皆さん一人ひとり。2001年に始まったJLMMのスタディーツアーには、現在までの6年間で100名もの方々が参加されました。そんな方々が、カンボジアを訪れた時の気持ちを思い出し、その思いを共有しました。 小グループに分かれての分かち合いでは、いろんな感想が活発に話し合われ、盛り上がりました。その様子を見ていた私は、「ああ、私の活動は、こういう方々の思いによって支えられているんだな」と感じたと同時に、この日本という地で、これだけの人が『カンボジア』をキーワードに繋がっているという事実に、不思議な感覚を覚えました。私はJLMMという運動体に参加していなければ、カンボジアという国を知ることなどなかったかもしれません。スタディーツアーに参加された方も、JLMMに出会っていなかったら、カンボジアという国の魅力を知らないままだったかも知れません。そんなことを思いつつ、「出会い」の不思議さを思っていました。

 この日、本当に多くの懐かしい顔に出会うことが出来て、とても幸せでした。その中でも、遠い長野からわざわざ足を運んでくれた、長野県・松本聖テレジア幼稚園の先生方との再会は思わぬ喜びでした。彼女たちがスタディーツアーで、去年の8月に水上村コンポンルアンを訪れて下さった時のことは今でも忘れません。先生方は、水上村の子ども達が抱えている問題、『舟のおうちが小さくて遊びまわれる場所がない』ということに、本当に心を痛めて下さいました。私は、「子ども達はそんな環境に置かれていて大変なんですよ」と先生方に説明しておきながら、本当の所どこまでその子ども達の大変さに関心を寄せていたか分かりません。でも、先生方は、普段から子ども達に接し、子ども達を愛しているわけで、そういう大変さにはすぐに共感出来るのです。そんな先生方の感性に、ハッとさせられたのです。

 小グループでの分かち合いの時、その幼稚園の先生のお一人と一緒のグループになりました。そこで彼女はこんなことを言っていました。「皆さん、カンボジアの子ども達は笑顔が輝いていて素敵だというけれど、私は全世界の子どもみんなが同じ輝きを持っていると思います」と。またまたハッとさせられました。

 アジアの国の子ども達の、貧しい中でも輝く笑顔に感動させられるのは事実で、私も毎日そんな笑顔に生かされているわけですが、ある意味でそういった笑顔は、分かりやすく、見えやすい笑顔です。一方、日本という社会の中で今、子ども達の輝く笑顔に気づくことは、とても難しいことだと思います。大人を、他人を信用できず、近所の人でさえ警戒することが当たり前になっている社会。死ぬほど勉強して、友達と競争し、蹴落としていかなければならない社会。自然が少なくなり、外で思いっきり遊ぶことも出来ず、携帯ゲームに夢中になってしまう環境。いろんな要素が、子ども達の輝く笑顔を失くしているような気がします。

 先生の言葉を聞いて、子どもにしっかり向き合っていれば、日本の子どもの輝く笑顔にも出会えるのだろうなと感じました。そして、そんな笑顔を引き出せる人間になりたいなと思いました。

 カンボジアを訪れて、人間の持つ魅力、可能性は全世界一緒なのだと気づくこと。カンボジアでの気づきを日本に持ち帰り、生かしていこうという姿勢。スタディーツアーの醍醐味は、異国の地を訪れて、自分自身が変えられていくと共に、現地で得た宝物を日本に持ち帰って、みんなに分かち合うことが出来ることなのだなと思いました。

 当日準備されたカンボジアの映像の中に、「豊かさとは?」という問いかけがあり、それは「信じあえること」というくだりがあったのですが、その時に映し出された映像は、私の現地のパートナーであるラー君と、私が生活している田舎の家の大家さん一家と、そのお友達が、カンボジアの地酒で乾杯している場面でした。それを見て、私は胸が熱くなりました。カンボジアという国で私の兄弟、友になってくれている人がいる。一緒に酒を酌み交わし、楽しめる仲間がいる。それは何事にも変えられない宝であり、信頼できる仲間がいるということは、なるほど「豊かさ」だなと思い知らされたからです。

 水上村の子どもたち、住民たちの映像も流れました。私にとって彼らは、時には本気で憎んでしまったり、愛想をつかしてしまったりする人たちです。日本に一時帰国している時、「水上村に早く帰りたいな」なんて思ったことは、正直言って一度もありませんでした。出来れば居心地の良い日本にいたい、そんな気持ちが本当の所だったような気がします。でも、この映像でみんなの姿を見た時、「ああ、帰りたい」と心から思いました。やっぱり、なんだかんだあっても、もう水上村の人たちは、私にとって無視出来ない存在であり(それはきっと、みんなが私の心にむりやり入り込んできたからに違いありませんが)、大切な存在になっているということなのです。

「豊かさとは?」・・・「自然に笑顔が溢れ出ること」

(CAMBODIA DAYの映像より)

 カンボジアでの毎日は、日本で生活していた時よりも大変です。でも日本にいた時よりも、自分はたくさん笑っていられます。そして、「貧しく」されている現地の人の、「豊か」な笑顔によって、私も「豊か」にされ、今日も生きることが出来ています。日本の笑顔とカンボジアの笑顔を比較し、貧しくされた人たちの笑顔の方が輝いていると簡単に言い切ることは出来ないし、偏見のような気もします。でも慣れていないカメラを向けられてのぎこちない笑顔を除けば、実にカンボジアの人たちは自然な笑顔で私に微笑み、「豊かさ」を分けて下さっています。一体私は、そして皆さんも、日本でどれくらい素敵な笑顔が出来ているでしょうか?互いに微笑み合い、幸せを分かちあえるような、『豊かな日本』を実現していきたいと思うのです。

 このCAMBODIA DAYに足を運んで頂いた方、この素晴らしい集いのために時間を割いて準備をして下さったボランティアの方々、本当にありがとうございました!

01_yoshii.jpgOGの吉井恭子さんと

02_class.jpg聖ウルスラ高校での授業風景

03_t&m.jpgイベントの準備をする高橋と杉村

04_niigata.jpg新潟教区の青年達と

コンポンルアンでの識字教育の様子

05_rah.jpg映像で使われたラー君(中央)と大家さん家族との写真

06_share.jpg分かち合いの発表(イベントにて)

CAMBODIA DAY開催!

 2007年6月23日(土)東京・六本木フランシスカン・チャペルセンターにて「CAMBODIA DAY」を開催しました。

 JLMMでは2001年より本格的にスタディーツアーを開始し、現在までのツアー参加者は実に100名にも上ります。

 JLMMのツアー参加者の皆さんが、参加した年に関係なく、「カンボジア」というキーワードの下に集まり、ツアー中に体験を通して感じたこと、学んだこと、帰国後の生活や変化などを分かち合い、体験をより豊かなものにしよう、という主旨でイベントの企画が始まりました。

share.jpg 当日はツアー参加者、カンボジアやJLMMに興味のある方など、90名を越す参加者が集い、現カンボジア派遣者の杉村太郎と高橋真也から現地の最新活動報告、カンボジアツアーのイメージビデオの上映、ツアー参加者の感想文の発表、参加者全員が10の小グループに分かれて想いを分かち合う時間を持つなど、実り多いものとなりました。

 小グループでの分かち合いの時間では、カンボジアの未来について話し合ったグループもあれば、フェアトレードについて話したグループ、子ども達の笑顔のこと、心の豊かさのこと、知ることの大切さについての想いを分かち合ったグループなど、それぞれでした。

 また、今回のイベントはスタディーツアー参加者の中から、5名の有志が集い、実行委員として企画、準備から本番の司会進行まで、すべてを取り仕切ってくださいました。こうして、ツアーをきっかけに知り合った人たちとその後もつながる事ができることは素晴らしいことだと感謝しています。

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 この企画を通して、人々とつながることの大切さを再確認させられました。そして、日本に生きる私達が、今ここでできること、私たち自身がこの体験を何度となく思い出し、気持ちを新たにして、その学びを日本で生きることについて考える機会となったことを嬉しく思います。今後も参加者の方々が、それぞれの生活の場で、ツアーの体験を思い出したり、生かせるような企画を行いたいと思います。

staff.jpg実行委員と派遣者、OBOG、スタッフ実行委員と派遣者、OBOG、スタッフ

■ミッション118号

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Contents

JLMM イベント「CAMBODIA DAY」開催のご報告

カンボジアからの手紙・・・高橋真也

◆東ティモールからの手紙・・・佐藤邦子

◆平和祈念募金ご協力のお願い

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