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タイ アーカイブ

2007年5月28日

新派遣者からのレポート第一弾! タイからの手紙

タイ長期滞在ビザ・労働許可証取得のために、出発を待たされていた松本和歌子さんが、いよいよ2007年3月、タイに派遣されました。現地レポート第一弾です。
117_matsumoto_wakako.jpg 松本 和歌子(福岡教区 水俣教会)

タイ・チェンマイ到着
 3月20日、苦手な飛行機を乗り継ぎ、無事チェンマイに到着しました。昨年の海外研修の時は、バンコクからはバスでチェンマイに移動したのですが、今回は飛行機でチェンマイ入り。そのせいかあまり日本との距離を感じず、さっきまで日本だったのに、という感覚が余計に強く残ったままでした。
 迎えに来てくれた2004 年度派遣の日笠山さんはじめ、DISAC(教区社会活動センター)スタッフの方などと一緒に食事を取ったのですが、その席で、最初に覚えた記念すべきタイ語が「御手洗い」でした。到着後、すぐにとても大事な単語を覚えることが出来て一安心した私でした。
 到着してからの1週間は、日笠山さんに紹介していただきながら、あらゆる関係者の方々へご挨拶をさせていただく毎日でした。しかし、まだ慣れていないタイの方々の名前の響きは、私にとって難関の一つです。

日々語学研修
 タイ語の研修は、私が日本語教師として活動させていただくことになったサンカンペンの高校で、日本語教師をしていらっしゃる、ボール先生という方に教えていただくことになりました。学校の職員室でタイ語を習っているのですが、周りには他の先生方がたくさんいらっしゃいます。皆さん黙っていられないらしく、「タイ語でこれはこう言うのよ。」と次々に教えてくれます。いまだに不思議なのは、挨拶も抜きで突然、封筒を見せながら「ソンチョットマーイ(封筒)」と教えてくれた先生です。なんで封筒だったのでしょう。その後も、その先生は顔を合わせた瞬間、毎回一言だけタイ語を教えてくれます。ちなみに前回は「ノム(牛乳)」でした。次はどんな言葉を教えてくれるのでしょう。楽しみの一つになりました。
 タイ語がまだ分らない私にとって、とてもありがたいのはタイの人たちの温かい笑顔です。そして、たどたどしいにもなっていない私のタイ語を、根気よく聞いてくれて、正しい発音で言えるまで、何度も何度も練習させてくれる皆さんに感謝の毎日です。

日本語の授業
 現在、タイは夏休み中ということなのですが、高校3年生は日本でいう補習授業のようなものがあるため、毎日学校に来ています。彼らは、日本語の勉強3年目ということなのですが、今まで実際に使う機会がなかったということで、日本語で簡単な挨拶をすることも、まだ困難な状態です。しかし、ワークブックを見せてもらうと、とても上手に日本語が書かれています。本格的な授業は、5月中旬の新学期から始まります。授業をさせていただくコマ数も決まり、タイ語と同時に日本語も必死で勉強しなければと、頭の中には様々な言語が飛び交うことになりそうです。

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ポンパー村の人々と再会
 昨年8月、研修で滞在させていただいて以来の、ポンパー村訪問。ありがたいです。覚えていていただけました。新しく建てたラフ族の神殿の献堂式に参加させていただくための訪問。今回は、たった1晩だけの滞在でしたが、人々に伝わる伝統や信仰を直に触れさせていただく、貴重な一晩となりました。
 タイに来て約3週間ですが、いろいろな人と出会い、皆さんから多くのことを学ばせていただきました。相手からこの「学ぶ」ということを、いつも心に留めていた私ですが、この数週間、日笠山さんはじめニッポー神父や多くの人と様々なことを分かち合い、自分自身を開発していくということをたびたび耳にしました。今までの私は、学ばせてもらうというところで満足し、そこで終わってしまっていたと気付かされました。気付かせていただいたのですが、それを自分自身の中でどのように深め、発展させていくのか、これから模索する毎日になるのだと思います。
 
 11月に派遣式を終え、それから出発までの数ヶ月、教会の方などたくさんの方々にご心配をおかけしました。きっと、その数ヶ月は必要なものだったのだろうと、私は考えています。神様は必要なとき、必要なものを与えてくれます。なぜ今なのか、なぜこんなものをと思う時もあるのですが、必ず自分にとって大きな恵みになると気付くと、不思議と不安や心配が消えていきます。でもやっぱり、もらった瞬間「神様ありがとう!」と気付けるお恵みの方が、ついつい嬉しかったりしてしまうのです。

2007年3月22日

サワッディー・チャーオ!

こんにちは、タイからの手紙

 2006年の夏、私は日本に一時帰国しました。逆カルチャーショックとはこれらのことを言うのでしょうか。日本へ一時帰国をし、3週間の滞在の中で、私の目にはいろんなことが皮肉にも「新鮮に」映りました。その中の際立ったいくつかの体験を皆さんと分かち合いたいと思います。
makiko.jpg 日笠山万希子(福岡教区 健軍教会)

1.貧しい食事
 私の現在の生活拠点地はチェンマイ市郊外です。そこで山岳民族であるタイ人同僚10名と、ニッポー神父と共同生活しています。皆がそろうときは一緒に料理し食べます。また、ラフの村にいるときもそうです。1つの食事が数時間の重労働に影響するので、食事は食べ物があるときに時間をかけて十分にとります。
 一時帰国を終え、タイに戻るため、香港の国際空港で乗り継ぎのために待機していたとき、私はファーストフード店で食事をしている人を見ました。以前の私にとっては特に目新しい風景でもないのに、そのときは衝撃を受けました。携帯電話をいじりながらハンバーガーを食べているのです。このとき、その人がどんな味でそのハンバーガーを食べているのか、私は心底知りたくなりました。ただ、胃袋に入れる行為をしているだけに見えたからです。それは以前の私と同じでした。そこで以前の私について回想してみました。
 仕事で忙しくなると、私は食事の時間を抜く悪習性があります。現在の生活地は同僚たちとの共同生活です。食事を作り、食べ、後片付けまで、約2時間要します。つまり、1日最大4分の1は、食べる、という行為のための時間です。最初の数ヶ月間、特に晩御飯に関して、例の悪習性が大いに発揮されました。しかし、だんだん、私の心も体も貧弱になっていることを感じ始めます。なにしろ、現在の環境下では、自分で作らなければ食べるものがない、ということに加え、食事を共にしなければ、同僚たちと頻繁に会って話すことがないからです。なんだか、孤独です。そこで、私は一瞬自分のミッションが見えなくなります。では、私に与えられたミッションは何かと考え始めます。仕事に追われて、せかせかすることではないはずです。
 できるだけ食事を優先しようと重い腰を上げて、はじめは台所に向かいました。だんだん、その方が有意義であることが見えてきました。はっきりいって、それによって余計に仕事ははかどらなくなったでしょう。極端に言えば、仕事の出来は去年の半分以下かもしれません。去年は仕事ができたと言っているわけはありません。いま考えれば、去年は去年で仕事を理由に食生活をおろそかにしていた分、頭が働かず逆に時間をかけていたかもしれません。どちらにしても仕事にかまけているだけで、仕事をした気になっていた、ということを私は強調して言いたいのです。
 食生活に時間を割くことによって、仕事に追われる自分よりも、同僚たちと食事をして共に時間を過ごす方が、人間的に豊かにされる気がします。単純なことですが、単に一緒に食事をするだけで、私は本当に心身とも満たされた思いがします。食べるものもそうですが、どのような環境で食事をするか、ということは本当に重要です。胃袋に入れるだけの食事は、貧しい食事です。このような点では、忙しさにかまけていた以前の自分、また似たような環境にある人々は、貧しいと言えます。そして、私の同僚たちや村の人々は豊かだと感じます。食事中に会話をして、人間的交わりを行っているからです。

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2006年10月27日

タイ発“ラフの子ども達に会いに行く”

makiko.jpg 福岡教区健軍教会 日笠山万希子

田舎の人情に触れる旅

 チェンライ県にある聖家族カトリックセンターに6名の女の子たちが入学して3週間ほど経過し、会いに行くことになりました。

 チェンマイから直行バスで約5時間。舗装された一直線の道をひたすら走るバスの中で切符売りのおじちゃんが「どこまで?」と聞いてきました。私はそのセンターの住所をひかえたメモを忘れたので、あとは記憶を頼りに直感で降りよう、と決めていました。しかし、まず行き先を告げて切符を購入しなければならなかったことから、DISACスタッフのピトゥに電話で聞きました。結局その場所の通りを告げてもそのおじさんは、よく分からない、というので、私の直感に頼らざるを得ませんでした。目印を見落とさないようにとドギマギしている横で、切符売りのおじさんがニコニコした顔で「これ食べるか?」とトウモロコシを私に分け与えてくれました。ちょうど昼ご飯も食べていなかったので、とてもありがたくそれをいただきました。

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タイ・カンボジア・スタディーツアーに参加して

8月21から8月31日までの11日間に渡り、JLMM企画のタイ・カンボジア・スタディーツアーに参加された阿部桂子さんからツアーの感想が届きました。
阿部桂子

 「行ってよかった!!」
 帰国後、「どうだった?」といろいろな人に聞かれて、答えるのはいつも同じ答え。一言ではとても言い表せないこのツアーでの11日間は、私の17年の人生の中で1番濃くて充実していて、そして輝かしい毎日でした。

 無条件に愛され、たくさんの素敵な出会いをし、私のガチガチ頭は少しずつ柔軟になり、狭かった視野もずっと広がりました。そんな最高の11日間の中で、私の心に一番残っているエピソードをご紹介します。

 スタディーツアーの最初に訪れたタイ北部、チェンマイから車で4時間くらい行ったところにあるラフ族の村では、2日間ホームステイをしました。そのポンパー村に滞在中、隣村へ遊びに行ったとき、途中何人かが一行と道を逸れ、違う道を行きました。私と手をつないでいたラフ族の子も違う道を行ったので、私も一緒にその道へと進みました。

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 ところがその道はひどい沼で、村人と違って慣れない私はすぐに足をとられ、一行からどんどん離れてしまいました。そんな時、言葉の通じない幼い子と二人きりでこんなところでどうしよう…、と一人で焦り、一緒にいる子にまでせかせかした態度をとってしまいました。なのに、その子は、小さな手を差し出し、川で自分よりまず先に私のサンダルや足を洗ってくれ、ずっと笑顔で接してくれたのでした。こんな自分をも無条件に愛してくれるその子を見て、自分が本当に情けなくて「どうして私はこんなに心が狭いんだろう…」という気持ちで一杯でした。そんなマイナスの思いを抱えたまま隣村から帰る時、私の元気のない顔と沼にはまって壊れたサンダルを見て村の人たちは、みんな心配してくれて、ナビという女の子が自分のサンダルと交換してくれました。またナツァという女の子が私の手を取り、帰り道ずっと笑顔で話しかけてくれ、自然の知恵をたくさん教えてくれました。もちろん言葉はわからないけれど、彼女の優しさを全身で感じ、その優しさに胸がつまり、自分に対するマイナスの思いがますます募って、パンクしそうになりました。

 その時、後ろを歩いていたまこさん(JLMMタイ派遣者の日笠山万希子)が、「サンダルのことは全然ストレスに思う必要ないからね。みんなはこれが普通なんだから。お世話できるのが嬉しいんだから。」と言ってくれて、その言葉に私はもう泣かずにはいられなくなってしまいました。『どうしてこんなに優しいんだろう…。こんなに愛してくれるんだろう…。』突然泣き出した私に驚く村の人たちに対して、私は「ありがとう」と日本語でしか言えなくて、悔しかったけれど、でもずっとずっと大切な友達のために、私にしかできないことを探したい!そう強く思いました。ポンパー村での出会いと思い出は一生の宝物です。

 そして帰国したらまず私は、村の現状、そして彼らの優しさをどうしても周りの友達に伝えて行きたいと思いました。でも今までのように自分の考えを押し付けても全く意味は無くて、どうしたらいいんだとう…。と大きな壁にぶつかってしまいました。そんな時、再びまこさんがヒントをくれました。「生き方で示すことができるよ。」と。その言葉に私はハッとしました。大切なことは、わかろうとしてくれない人たちを変えようとすることじゃないんだ。私自身が自然に受け入れてもらえる人に変わることなんだ、と。そして村の人たちからたくさんもらった愛をもっともっと広げ、いろんな人を愛し、この愛の輪をつむいで行きたいと心から思いました。

 そして最後に。このツアーをさらにキラキラ輝かせたのは、年下の私の話をいつもまっすぐに受け止め、話を聞いてくれたツアーメンバーのみんなの存在です。誰か一人でも欠ければきっとこんな素敵なツアーにならなかった。本当にありがとう!!このツアーでの出会いは、全て一生私のことを支えてくれると思います。これから一歩ずつ、まずは自分が感じたことを素直に話し、わかってもらえる人に成長していくことから始めて行こうと思います。参加できたことを心から幸せに思っています。

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