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ミッションNo.107

表紙の写真:タイ・カンボジア・ミクロネシアの子どもたち

特集:戦後60周年を迎えて 各派遣国から平和のメッセージ
●平和への挨拶
●広島とのかかわりの中で
●クイッティアオ(麺)がもたらした平和
●8月15日 被昇天の日に
●これ以上、飢えに苦しむ人々を作り出さないで!

 
戦後60年の節目に感じたこと
タイ発! 雨が与えてくれたいい話

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No.107
特集:平和 戦後60周年を迎えて

●8月15日 被昇天の日に

2003 年度カンボジア派遣 鹿児島教区名瀬教会
平 西紀

 8月15 日、聖母被昇天、そして終戦60 年の日。この日を私は水上村コンポンルアンで過ごしました。前日から教会の人々は聖母被昇天の準備に大忙しです。大きな船の上にマリア様をまつって花や色とりどりの飾りで飾り付けます。当日の朝は全員で船に乗り込み聖歌をスピーカーで鳴らして村の中を船でパレードします。そして教会に戻りミサが始まりました。ミサの間中、私はたった一つの事について祈り続けました。
「コンポンルアンに平和と一致をもたらしてください世界に平和と一致がもたらされますようにそして私を一致のための道具としてお使いください」
 残念なことですがコンポンルアンの教会の中には分裂があります。人々の対立によって活動に支障をきたしたり私が頭を悩ませることもしばしばです。そんな中、私がコンポンルアンにいることによって人々が集まる機会が持てます。子どもたちが集まり、青年が集まり、先生たちが集まり、リーダーが集まり、老人が集まり、そしてそこには笑顔が生まれます。時には意見の相違や誤解によって喧嘩もします。でも普段対立しあまり交わらない人が集まってくる。まずは集まるということがとても大切なことに感じます。みんなで集い言葉を交わすことによって相手への理解が生まれ一致へと繋がることを望んでいます。私は人々の溝を埋めるような特別なことは何もできません。彼らの中にある根深い感情は私が「仲良くしましょう」「神様は対立を望んでいない」などと言ったところで解決できる問題ではありません。でも小さく無力な私がそこにいることで人々が集まることができるということは私に与えられた役割であり「私がここに存在することの意味」だと思いました。きっと人間には誰にでも平和のための
役割があるように思います。時に対立の狭間にあって、ただそこにいることさえも苦痛に感じることがあります。でもそんな時に祈ります。「私を一致のための道具としてお使いください。コンポンルアンに平和と一致をもたらしてください」
 8月15 日、世界中の平和と一致を願い、また一人一人の心に平和が宿るように祈りました。一人一人の心が平和ならきっとこの世から戦争は消えて無くなるでしょう。小さな平和がやがて大きな平和を生み出しますように。


ローカルスタッフと共にコンポンルアンに向かう

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