※この記事は2014年9月12日に掲載したものです。
「ともに生きる」この言葉をたまたまカトリック新聞の広告欄に見つけたのは、27歳のときでした。
中学生のときから途上国で働きたいという夢をもちながら、看護師になり無我夢中で働く中で、すっかりその夢のことなど忘れていたときに、ふと何かを思い出すようにその言葉が目の前にありました。
やはり20歳のころ、自分の人生を決める言葉として心に繰り返し刻まれたのが「ともに生きる」という言葉だったのです。
あれ、これは何だろう。何か自分の心の奥深くから突き動かされるものがある、そのことを強く感じました。
風に背中を押されるようにしてそれから3年後、JLMMのミッショナリーとしてカンボジアの大地に送られました。
それからの3年半。瞬く間に過ぎ去るときの中で、いつもこの「ともに生きる」という言葉が私を導いてくれました。
病を負い、弱く、貧しくされた人々の間にでかけていくようにと促し続けてくれたのもこの言葉です。
進学を望みながら家庭の事情で出稼ぎに出かけなければならない青年、夫と離別し小さな子どもを育てながら病に倒れ絶望の中にいる母親、子どもたちが出稼ぎに行きたくさんの孫たちを崩れかけたような家で面倒をみる老夫婦。
出会い、話を聴き、時間を共有する中で、言葉に言い表せないつながりが育まれてきたことを今振り返ります。
まさにそれは友のように。「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣く」。
私にとってこの言葉は命の言葉。生きる力の源ではないかと感じています。
2010年カンボジア派遣 石田咲子
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